S字ラインは、胴周りが寸胴だったり、サイズが大きすぎたりするときれいに描かれません。また、適度なゆとりは必要ですが、S字のラインを崩してしまうようなシワがあるとSEXYには見えないもの。自分では見えなくてもしっかり気にして頂きたいと思います。「スーツが似合う男性の素敵なところ」として、「後ろ姿や背中」をあげる女性がいらっしゃいました。女性にできるといわれる背中になるためにはスーツ自体も大切ですが、それを生かす姿勢が必要なのはいうまでもありません。そして、「ピシッと背筋が通った」といういい方は姿勢だけでなく生き方にも関係するものだと思います。他人はしっかり見ているのですから、あなたの経験を積み重ねた自信を背中で表現しないのはもったいないですよ。
買った服は気に入ると何年も着る。五、六年は平気で着ている。布地が傷んだり色が褪せたりするほど頻繁に着ないから、服の寿命というか見切りどきが分からない。ここのところがおしゃれにとっての盲点ではないか、と考えた。そうよ、そうよ、それこそが盲点なのよ、と自分で自分の意見に賛同する。何となくウェストの回りがすんなりしたみたいで体重計に乗ったら、いつもより二キロほど減っていた。嬉しい。今日の知人達との食事会は細身(ボディコンともいえる)のウールジャージーのセーターに膝丈の黒のスカートを選んだ。セーターは七、八年も前のソニア・リキエルのもの。ぴったりした身頃の腰までのセーター、太った身体には似合わない。二キロマイナスで何とか見られるものの、どこかしっくりとしない。しっくりこないというのを潜在意識にして出かけた。途中で気がつく。肩のラインがもう古いのだ。肩の大袈裟なパットは何年も前のものだった。その後パットを外してみたけれど、だからといって今風に着られるわけではない。気づくのが遅かったが見切りどき、寿命だ。
男のスーツ姿は、なぜこれほど、たとえうわべだけのものであるにせよ、社会的な信頼感を与えてしまうのか?件の弁当詐欺師のように人を欺くことが目的ではない場合でも、ここ一番、真摯で誠実なところを社会的にアピールしなくてはならないとき、男は(ほぼ)迷わずスーツを着る。大事な商取引の現場でも、国際的な政治家の首脳会議でも、就職試験の面接会場でも、服装規定によって強制されたわけでもないのに、男はそろってスーツに身を包んで現われる。スーツ姿が、それを目にする人に対して、時には詐欺までまかりとおるほどの信頼感を与えてしまうからこその現象であろうが、いったいそれはどういう根拠によるのだろう?「男はそれをずっと着てきたから」「礼儀だから」ではもちろん答えにならない。