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社会福祉は恩恵ではない

社会福祉は恩恵ではありません。福祉の原理は「連帯による自助」です。連帯(いま困っている人を助ける力に、自分がなる)によって、自分が困ったときには助けてもらう保証を手に入れるというやり方です。人々が税金や社会保険料として負担し拠出しあうおカネは、連帯に役立つからこそ自助のためにも役立つのです。でも、自分は病気もしない、貧乏でもないから、負担、拠出はマル損だと言いたがる人もいます。そんな考え方は正しくない。商品売買では、受益のためには負担が条件です。福祉では受益の条件は、いま困っているということ。受益と負担は切れている。でも負担する人もまた、得するのです。自分はいま困っていないが、他にはいま困っている人がいる。その人は、いわば自分の身代わりにそうなっているのだ。その人がそういう状態に陥ってくれたおかけで、自分はそうならずにすんでいる。こう考えるべきです。たとえばサリドマイドで被害を受けた人がいる。そのおかけで自分も子どもも孫もその目に会わなくてすむと考えるべきです。逆に言えばいま困った状態にある人は、まさにそのことによって社会に報いてくれているのだと考えるべきものです。その人たちのことを、負担以上におカネをもらっている受益者だ、たかりだと言ったりすれば、彼らは、カネなどいらない、体を元にもどせと、絶叫したいはずです。今日の公害社会、誰でも被害者になりうる。「明日は我が身」、「情けは他人のためならず」、社会福祉は1人1人が自分のために連帯するのです。1970年、日本政府は「福祉元年」と言ったけれど、10年もたたずに撤退に次ぐ撤退を始めた。いま金満国家と世界から言われる日本の、悲しい現実です。

自動車では競争に負けない

自動車では競争に負けないが、航空機は外国から輸入しなければならないというように、得意分野もそれぞれ違います。そこで、各国の経済や産業の実情に応じて、関税のデコボコは認めるにしても、互恵平等の原則と自由貿易の原則だけは守っていくことが、ガットの原点でした。そのガット休制を強化して、世界の経済・貿易構造の変化に対応した新しいルールを進めてきたのが、1986年から始まったウルグアイ・ラウンド(新多角的貿易交渉)です。交渉は全部で15の分野にわたっており、鉱工業品の関税率引き下げ、ダンピング防止のルール、貿易紛争の処理手続きのほか、知的所有権の保護や、金融・通信を含む新しい分野での協定づくりも対象になっています。そのなかで、最も紛糾したのが、新しい農業貿易のルールの作成です。ガット事務局は、農産物への輸出補助金を削減・撤廃し、輸入数量制限の代わりに関税で輸入の急増を調整するよう提案しましたが、アメリカもECも日本も厄介な国内問題を抱えているため、意見の調整に手間取り、新ラウンドそのものの決着が大幅に遅れてしまったのです。この交渉で、日本が決断を迫られているのは、コメの輸入自由化です。日本は国内の稲作農家を保護するため、コメの愉入を禁止しています。農業団体は、コメの輸入に700%の高関税をかけても、自由化すれば国内の稲作は崩壊するとして、強硬に反対しています。

注目すべきは、中国や東南アジアでの需要増加

注目すべきは、中国や東南アジアでの需要増加だろう。これらの国々では魚の値段はけっして安くなく、どちらかといえば「ぜいたく品」の部類に入る。だが、近年は急激な経済成長により生活水準が上がり、魚をさかんに食べるようになったのだ。中国の場合、以前は上海などの沿岸部の富裕層しか食べられなかった海鮮料理を、内陸部の庶民までもが日常的に食べるようになったため、魚の消費量が爆発的に増えている。さらに、欧米諸国の消費量も増えた。これは健康志向のほか、鳥インフルエンザやBSE(牛海綿状脳症)への不安という背景がある。鶏肉や牛肉の安全性が疑問視され、より安全な食品として魚を食べる人が増えたのだ。世界の人口が増えれば消費量も増えるから、今後、水産資源の生産量はますます増加すると考えられる。